過重労働による健康障害を防止するために-過重労働による健康障害防止のための総合対策について-
茨城労働局
(さんぽいばらき 第26号/2006年07月発行)
「過労死」をはじめとした「過重労働」による健康障害が増加しています。脳・心臓疾患による労災認定件数は、平成11年度には81件だったものが平成16年度は294件に増加し、同様に、過労自殺や精神障害による労災認定件数も、6年間で14件から130件へと急増しています。
長時間労働や精神的緊張を伴う業務は、疲労の蓄積によって血圧の上昇などを生じさせ、脳白心臓疾患の発症との関連性が強いという医学的知見が得られており、長時間労働などによる健康障害を防止するため、労働者の健康管理に係る措置を適切に実施することが重要になっています。
このため、昨年の労働安全衛生法改正を踏まえて、あらたに『過重労働による健康障害防止のための総合対策』(平成18年3月17日付け基発第037008号。以下「総合対策」とする)が策定され、都道府県労働局長に通達されています。「総合対策」では、時間外労働の削減と一定時間以上の時間外労働を行わせた場合の健康管理措置の徹底を求めておりますので、本稿では、事業場における過重労働による健康障害防止対策についてそのポイントと具体的な方法について紹介いたします。
1.時間外・休日労働の削減
健康障害につながるおそれがある過重労働は、長時間に及ぶ時間外労働が主要な原因となっています。そうした意味で、時間外労働そのものを削減する努力が事業者に求められており、労働基準法第36条に基づく協定(以下「36協定」という。)の締結に当たっては、その内容が「労働基準法第36条第1項の協定でさめる労働時間の延長の限度等に関する基準」(次表のとおり。)に適合したものとなるようにする必要があります。
期 間 | 1週間 | 2週間 | 4週間 | 1箇月 | 2箇月 | 3箇月 | 1年間 |
限度時間 | 15時間 | 27時間 | 43時間 | 45時間 | 81時間 | 120時間 | 360時間 |
なお、予測していない早急に処理しないといけない業務が生じた場合などに限って上記の限度時間を超えて時間外労働を行わせる「特別条項付き36協定」を締結している場合であっても、同対策では、限度時間を超える一定の時間まで延長する労働時間をできる限り最小限のものとすることを求めています。
特に長時間労働が常態化している部門に対しては、時間外労働を削減するための努力を強く求める必要があり、適正な従業員配置や仕事の分担の見直し等により、特定の社員に過重な負担をかけないようにしなければなりません。
このほか、過重労働による健康障害を防止するためには、労働時間の適正な把握が欠かせません。多くの事業場では労働時間を把握する方法として自己申告や上司または監督者の確認等が行われていますが、タイムカードや自動管理システムなどの客観的な記録に基づいて労働時間を把握することが大切です。また、裁量労働制対象労働者及び管理・監督者についても、過重労働とならないよう十分な注意喚起を行うなどの措置を講ずるよう努める必要があります。
2.年次有結休暇の取得促進
年次有給休暇を取得することは、心身の疲労回復につながり、過重労働による健康障害を防ぐ効果があります。特に長期休暇制度は、企業に活力をもたらし、家庭に”ゆとり”と”きずな”を育むものと評価されていますから、事業者としては年次有給休暇を取得しやすい職場環境づくりに努める必要があります。是非、年次有給休暇取得計画表を作成するなどして、事業者自らが計画的な年次有給休暇の取得を促進することが望まれます。
3.労働時間等の設定の改善
労働時間等の設定の改善に関する特別措置法に基づき、労働時間等設定改善指針が策定されました。そのなかで「事業主が労働時間等の設定の改善を図るに当たっては、個々の労使の話合いが十分に行われる体制の整備が重要である」と述べています。過重労働による健康障害を防止するためにも、指針に基づき「労働時間等改善委員会」をはじめとする労使間の話し合いの機会を作るよう、体制整備に努める必要があります。
4.健康診断の実施
事業場で行われている定期健康診断には、過重労働による健康障害防止に関係する項目が含まれています。また、健康診断実施後には、実施結果について産業医などから、就業上の措置に関する意見を個別に聴取することになっています。この意見についても、過重労働防止からの観点も含むよう産業医に依頼しましょう。
なお、就業上の措置に関しては、その必要性の有無、講ずべき措置の内容等に係る意見を医師等から聴く必要がありますが、「治療中であれば特段の措置は不要」という医師の意見の場合であっても、当該治療が継続されていることの定期的な確認も重要です。
5.長時間にわたる時間外・休日労働を行った労働者に対する面接指導等
脳血管疾患、虚血性心疾患の発症と長時間労働とは、その関連性が強いとする医学的知見があります。
このため、改正労働安全衛生法により、事業者は、時間外・休日労働時間が1月当たり100時間を超える労働者であって、申出を行った労働者について、医師による面接指導を実施することが義務づけられました。
また、上記の申出がない労働者や時間外・休日労働時間が2ないし6か月の平均で1月当たり80時間を超える労働者などについても、医師による面接指導を実施するよう努めるものとされています。
その際、長時間労働を行っている労働者本人だけでなく、事業者側も就業上の措置について医師から助言指導を受けるなど、事業場全体として過重労働による健康障害を防ぐ努力が必要です。
睡眠時間 | 脳・心臓疾患 |
3~4時間 | 翌日の血圧と心拍数の有意の上昇 |
4~5時間 | カテコラミンの分泌低下による最大運動能力の低下 |
6時間未満 | 狭心症や心筋梗塞の有病率が高い |
5時間以下 | 脳・心臓疾患の発症率が高い |
4時間以下 | 冠(状)動脈疾患による死亡率は、7~7.9時間以下の人と比較すると2.08倍 |
長期間にわたり4~6時間以下 | 脳、心臓疾患の有病率や死亡率を高める |
なお、働き方の実態や健康状態にも個人差があることなどから、法律では、面接指導には労働者からの申出が要件とされていますが、「成果・業績主義」の人事労務管理が行われている中で、ともすれば、職場でマイナス評価を受けかねないと労働者が「申出」を忌避する可能性もなくはないことから、本人の申出を待つまでもなく、周囲の者(上司)が気づいたら、医師による面接指導を行うよう助言や指導を行うべきでしょう。
6.人事労務部門と産業保健部門との連携
過重労働対策を進めてゆくためには、労働時間対策とともに労働者個々の健康確保対策の実施も欠かせません。そのためには、人事労務部門と産業保健部門との連携が従来にもまして重要になります。産業保健スタッフと人事労務スタッフが、ともに労働時間や時間外労働の実態、健康診断結果及び仕事の忙しさなどの情報を共有すべきです。
7.過重労働対策もPDCAで
事業場の安全衛生水準を継続的に向上させるには、PDCA(計画・実施・評価・改善)サイクルを活用し、システムとして活動することが重要です。過重労働対策についても、まず、事業者による意思決定と方針の表明に基づき、過重労働対策の目標と推進計画を作成することが効果的です。その例を示しましたので、参照ください。
8.労働基準監督署では厳正に対処
「総合対策」では、過重労働による業務上の疾病を発生させた事業場について、労働時間や健康診断の実施など「労働基準関係法令違反が認められるものについては、司法処分を含めて厳正に対処する」と、過重労働による健康障害の再発防止対策について都道府県労働局長に通達しています。
事業者は、こうしたことにも留意の上、過重労働対策を効果的に進めてゆかなければなりません。