熊五郎が馬に? / 健康診断で馬尿酸を検出

産保亭扇太

――― 横丁のご隠居さん人情相談 産業保健編 第2回
熊五郎 「(顔を真っ赤にして)ご隠居さん、いるかい?」 
ご隠居  「何をそんなに怒っているんだい」
熊五郎 「会社のやつら俺を馬鹿にしやがって、健康診断でおしっこの検査をしたら、馬の尿がでているっていうんでさぁ。俺が馬なわけないでしょう。親方まで、おい熊、お前いつ馬になった?だって・・」 
ご隠居 「鯨飲馬食といって、たしかにお前さんは大喰らいだな」
熊五郎 「ご隠居さんまで馬鹿にしている」 
ご隠居 「まあ、そう怒らないで。ところで、お前さん、何の仕事をしているんだい?」
熊五郎 「へェ。ペンキ屋で」 
ご隠居 「なるほど。じゃあ、塗料の希釈にシンナーを使うだろう。有機溶剤の特殊健康診断を受けたんだな」
熊五郎 「へェ。そのとおりで」
ご隠居 「シンナーにはトルエンという物質が入っている。トルエンを吸いすぎると、いわゆるシンナー中毒と同じような症状が出る。長年吸いつづけると脳にも障害をもたらすから、非常に危険だ。だから、健康診断では尿をとってトルエンをどのくらい吸っているかを調べることにしている。馬尿酸というのが、トルエンの代謝物だ。この濃度が高いときは、トルエンにも高い濃度で曝されていると考えるのだ」
熊五郎 「なるほど。じゃあ、俺のおしっこからでたのは、その馬尿酸というやつなんですね」 
ご隠居 「そうだ」 
熊五郎 「でも、ペンキ屋になって5年経つんですが、こんなこと初めてなんですがねぇ。シンナーは体に悪いっていうんで、マスクもきちんと着けていますし、ほかのやつらは何でもなかったのに・・」 
ご隠居 「う~ん。(ご隠居さん、考え込んで)お前さん、その日、何か変ったものを食べなかったかい?」 
熊五郎 「いいや、昼に嬶が作った弁当を食べただけでさァ」 
ご隠居  「弁当に何か付いていなかったかい?」 
熊五郎 「へェ。ハチ公からイチゴ狩のおすそ分けがありまして、イチゴがついておりゃした」 
ご隠居 「イチゴのデザート付きかい。豪勢だね」 
熊五郎 「いえ。イチゴがおかずで。それにおにぎりの中にもイチゴがひとつ」 
ご隠居 「おにぎりの中にもイチゴ?お前さん。よくたべられたね」 
熊五郎 「これでも、甘党なもんですから」 
 ご隠居 ご隠居 「いったい、いくつ食べたんだい」 
 熊五郎 「イチゴだから15個」 
ご隠居 「しゃれ言っている場合じゃない。だが、事情がつかめた。体内に吸収されたトルエンは、肝臓の酵素により代謝されて、安息香酸となり、さらに馬尿酸となって尿中へ排泄される。ところが、イチゴ、スモモなどの果実にも安息香酸を含んでいるものがある。だから、トルエンばく露がなくても、採尿の前にこうした食べ物を摂ると、馬尿酸が高値となることもある」 
熊五郎 「なるほど。イチゴが体の中で馬のおしっこに変った訳ですか。じゃあ、馬はよほどイチゴが好きなんですね。てっきりニンジンが好物だと思っていやした」 
ご隠居 「念のため、産業医の先生にイチゴを食べたことを伝えておいた方がいいが、あまり心配する必要はないだろう。それに、親方も口が悪いが、いつものことだから、あまり気にしない方がいい」 
熊五郎 「へぇ、わかりやした。イチゴだけに、けっして気(木)にはなりません」

おあとがよろしいようで