茨城産業保健総合支援センター
(茨城県医師会報 平成18年10月号掲載)
1.前回までの経過
今回の労働安全衛生法の改正は、「危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実」と「過重労働・メンタルヘルス対策の充実」について改正されました。
そのうち、「危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実」には、(1)危険性・有害性調査と措置、(2)計画届の免除、(3)化学物質の表示等、(4)注文者の講ずべき措置、(5)元方事業者の講ずべき措置の、5項目が有ります。
今月は(3)化学物質の表示等についてご説明したいと思います。
なお、改正点のうち、産業医の先生方の職務に直接的な影響がある「過重労働者に対する医師による面接指導」の詳細については、県内各地で開催予定(注1)のセミナーに譲りたいと思います。
(注1)10月15日ワークヒル土浦、10月29日鹿嶋勤労文化会館、11月19日しもだて地域交流センターアルテリオにて開催予定です。これらの詳細は茨城産業保健総合支援センターのホームページでご確認下さい。(水戸地区、日立地区は終了いたしました。ありがとうございました。)
2.そもそも化学物質の表示とは
化学物質の表示義務については、労働安全衛生法第57条等において定められているものです。
つまり、労働者に健康障害を生ずるおそれのある物質を、譲渡したり提供したりする者は、法定の記載項目を容器に表示したり、あるいは書類に記載して交付すべきと規定されています。
3.労働安全衛生法第57条における表示義務
労働安全衛生法第57条では、有害物等を入れている容器や包装に、「名称」「成分等」「人体に及ぼす作用」「貯蔵または取扱上の注意」「この表示をする者の氏名等」について表示することが義務付けられています。この規定は、その物質を取り扱う労働者に注意喚起するための、必要最低限の有害性の情報を要求しています。
なお、容器や包装に依らないで譲渡したり提供したりする場合は、これらの事項を記載した文書を交付することが定められています。
この規定は、製造に許可を必要とする物質(注2)、ベンゼンとベンゼンを含有する物、さらに有害物質(注3)が対象となります。
(注2)安全衛生法施行令第17条に定める7物質とその含有物
(注3)安全衛生法施行令第18条に定める85物質とその含有物
では今回、この条文がどのように改正されるかと申しますと、旧条文では有害性を問題としているのであって、危険性には着目されていませんでした。それが改正により、爆発性の物、発火性の物、引火性の物も対象物質になります。
改正点の2点目としては、危険性の物質を対象としたことに伴い、表示内容に「安定性および反応性」が追加されます。また、「注意喚起語」も追加されます。
さらに改正点の3点目として、表示の仕方について文字情報だけでなく、国際基準に準拠した絵表示が義務付けられました。
この改正は今年(平成18年)の12月1日に施行されます。
4.労働安全衛生法第57条の2、文書の交付
労働安全衛生法第57条の2では、「名称」「成分等」「物理的・化学的性質」「人体に及ぼす作用」「貯蔵または取扱上の注意」「事故時の応急措置」「この表示をする者の氏名等」について記載した文書を交付することが義務付けられています。これは、事業者による労働者の健康障害防止措置を適切に行わせるために、詳細な情報を提供することを目的としています。そのため提供すべき情報量は労働安全衛生法第57条よりも多くなっています。
この規定は、製造に許可を必要とする物質(注2に同じ)と有害物質(注4)が対象となります。
(注4)安全衛生法施行令別表第9に掲げる632物質とその含有物
では今回、この条文がどのように改正されるかと申しますと、上記同様危険性の物質も追加されます。また表示内容にも「危険性または有害性の要約」「安定性および反応性」「適用される法令」などが追加されます。
この改正も今年(平成18年)の12月1日に施行されます。
5.労働安全衛生法第57条の3における調査
労働安全衛生法第57条の3では、新規化学物質を製造・輸入しようとする事業者は、あらかじめ変異原性試験を行って、その結果を厚生労働大臣に届け出ることが義務付けられています。
この届けられた新規化学物質は、官報に公表されることになっています。これまでに5万件を超える化学物質が公表されました。その5万件のうち、580物質に強い変異原性が認められました。
6.労働安全衛生法第57条の4
労働安全衛生法第57条の4は、厚生労働大臣の権限を定めたものです。つまり、新規化学物質を製造・輸入しようとする事業者に対して、実験動物を用いて吸入投与、経口投与等の方法によるがん原性の調査を行うよう命ずる権限が、厚生労働大臣に与えられています。
7.労働安全衛生法第57条の5
労働安全衛生法第57条の5は、有害性の調査が適切に実施されるように、国が施設整備に努めることをうたっています。そこで国の委託を受けた中央労働災害防止協会が、日本バイオアッセイ研究センターを設けて変異原性試験を行っています。
8.化学物質の危険有害性情報の入手方法
職場巡視において見かけた化学物質について、産業医が危険有害性の情報を手に入れたいと考えたとき、どのような方法があるでしょうか。
まずは、その物質の容器・包装を点検すべきです。最悪でもその商品名はわかるはずです。あるいは、労働安全衛生法に基づく表示があるかもしれません。
商品名しかわからない場合は、インターネットで検索するとメーカーが判明するかもしれません。
メーカー名がわかれば当然メーカーに問い合わせるという方法があります。
また、化学工業日報社が発行している図書「14906の化学商品」は商品名から引けるデータ集です。当茨城産業保健総合支援センターには2006年版が備えてあります。書名の数字の部分が版によって変わるというユニークな本です。
成分名がわかっていれば、インターネットを利用して次のように調べることができます。
まず、中央労働災害防止協会の「安全衛生情報センター」のホームページをご紹介します。
この画面にある「オンライン安全衛生情報」の囲みの中の「化学物質」をクリックすると、前述の規制対象物質のリストや、それぞれの物質の危険有害性の情報(MSDS、Material Safety Data Sheet)が入手できます。
また、強い変異原性が認められた580物質のリストも、このページで入手できます。
次にご紹介したいのが、神奈川県が提供している「化学物質安全情報提供システム」(kis-net)です。
この化学物質安全情報提供システムでは労働安全衛生法の規制物質に限らず、多数の物質を検索することができます。
また、国立医薬品食品衛生研究所が管理している国際化学物質安全性カード(ICSC)からも詳細なデータを入手できます。
9.法改正の狙い
産業現場で労働者が取り扱う化学物質は増加の一途をたどっています。必要な情報を適切に伝えることが重要です。また、GHS国連勧告により、一目でわかる絵による表示も求められています。そのようなことから、労働安全衛生法第57条と、同法第57条の2が部分的に改正されました。
しかし、この化学物質の表示に関する改正は、今年(平成18年)の12月1日に施行されます。現在は施行に向けて通達などを準備中ですので、具体的な詳細はまだわかりません。
10.あとがき
上記5で、新規化学物質は5万件を超えていると申し上げました。特定化学物質等障害予防規則や有機溶剤中毒予防規則は、物質名を明示した法規制です。そのような規制方法だけでは対応しきれない時代が来ていると考えるのは、間違いではないと思います。
それぞれの事業場において、自らが使っている化学物質に対して、先の6、7月号でご説明した「危険性・有害性調査と措置」を行うべきことは、極めて大事なことです。さらにそれは、労働安全衛生マネジメントシステムとして体系的に取り組まれるべきことなのです。
なお、本稿を書くにあたり、茨城産業保健総合支援センター 相談員(労働衛生工学担当) 番 博道 氏、茨城労働局 安全衛生課々長補佐 工藤好央 氏の助言をいただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。