Q1-2.
会社には、雇い入れている従業員が安全に業務に従事できるようにするべき義務、安全配慮義務があると聞いています。
特に今後は、従業員のメンタルヘルス面についての配慮も重要になってくると考えられますが、当社では長時間労働に従事する従業員が多数おり心配です。
しかし、会社上司は業務を優先し、労働時間を短縮するなどの対策を講じようとしません。上司の考え方を変えるにはどうしたらよいでしょうか。
A1-2.
安全配慮義務とは、「労務の提供にあたって、労働者の生命・健康等を危険から保護するよう配慮すべき使用者の義務」のことです。
判例によれば、「(雇用関係のように)ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」(陸上自衛隊八戸駐屯地事件)とされています。
そもそも労働者は労働を提供することにより、賃金を得て生活しています。この労働者が提供する労働の場所を用意するのは使用者です。ですから、使用者は、労働者が安全にまた快適に仕事が出来る事務所・作業場・施設・器具を用意したり、仕事の管理等について、労働者の生命や健康を危険から守るようにきちんと配慮する義務があります。
過労死を防ぐという側面からは、従業員に対し適切な健康管理をすることが会社の義務であり、健康配慮義務と呼ぶこともできます。
安全配慮義務を怠ることによって経営者が負う責任の一つは、民事上の損害賠償責任です。
経営者がこの義務を怠ったことが理由で労働者に損害が発生した時は、民法415条の債務不履行となり労働者の損害を賠償しなければなりません。
治療費や休業損害が労災で補填されれば、経営者がそれ以上の責任を負うことはないという考えは間違いです。「過労死」やメンタルヘルス疾患は必ずしも労災として認定されるわけではありません。また、労災認定には時間もかかります。さらに労災補償は損害の100%を補填するものではありませんから、労災認定請求と並行して損害賠償請求がなされるのが一般的です。
有名な「電通事件」(最高裁第2小 h12.3.24)では、長時間残業・深夜勤務・休日出勤などの過重労働が続き、うつ病になって自宅で自殺した当時24歳の労働者について、会社側には長時間労働と健康状態の悪化を認識しながら負担軽減措置(安全配慮義務)を取らなかった過失があるとして、(1)会社は遺族(両親)に謝罪するとともに、社内に再発防止策を徹底する、(2)会社は一審判決が命じた賠償額(1億2600万円)に遅延損害金を加算した合計1億6800万円を遺族に支払うことで和解が成立しています。
この裁判においては、「(上司)は、同年7月ころには、(労働者)の健康状態が悪化していることに気付いていたのである。それにもかかわらず、・・・(上司は労働者に対し)、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで、Aの業務の量等を適切に調整するための措置と採ることはなく、かえって、同年7月以降は、(労働者)の業務負担は従前よりも増加することとなった。」と、上司が残業の自主申告が明らかに少ないことに目をつぶり、会社全体としてサービス残業状態を作り上げていったことを厳しく指摘しています。
このように使用者は、長時間労働については労働基準法の罰則が適用されるばかりでなく、労働者本人又はその遺族等から高額の損害賠償金を請求されます。まさに企業のリスク管理上、真剣に取り組まなければ企業存続に関わる問題であると言えます。
また忘れてはならないことは、従業員の健康管理に配慮することは、従業員にとっては職務をより行いやすい環境を整備することに他ならず、結果として職務遂行の充実・効率化を導くものだということです。
従業員が常に良好なパフォーマンスを発揮するには、精神的にも負担をなくす職場環境を構築することが極めて有用です。それでないと、勤労意欲の減退につながり、有能な従業員が病気で休職したりあるいは外部に流出するという事態にもなりかねません。
それは、そのまま企業としての活力低下に直結します。経営幹部は、この問題をもっと深刻に受け止め、認識を改める必要があると思います。